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教育よもやま話第25号
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【教育よもやま話第25号】〜松井直輝の教育に役立つメルマガ〜
新年おめでとうございます
今年もすがすがしいお正月を迎えています。
お正月といえば初詣ですが、私は毎年元旦にお墓参りに行っています。
そこでまた新しい1年を迎えられたことを感謝するとともに、この1年の目標をお墓の前で誓います。
これが松井家の1年のスタートです。
初詣といえば、神社仏閣にお参りし、家内安全・家庭円満・健康祈願・学業成就・所願成就等とお願いをしますが、願いは叶いましたか。
さらにそのお願いのお値段はいくらですか。
ご縁があるようにと5円玉を一枚投げ入れ、多くのお願いをしているあつかましい(笑い)人は少なくないと思います。
もし願いが叶うなら、宝くじが当たりますようにとお願いし、日本人のほとんどが「よっしゃー!」と叫んでいるのではないでしょうか。
晴美台幼稚園に晴泉白龍大神(セイセンハクリュウノオオカミ)をお祭りしています。
これは前園長の母親が子どもたちの成長や安全を祈願しお祭りしたものです。
大いなるものに頭を下げ、子どものためにおすがりするのです。
私も同じ気持ちです。
朝幼稚園に行き晴泉白龍大神様のところに行き頭を下げます。
そして、まず感謝の気持ちを伝えます。
「今日も朝を迎えることができました。ありがとうございます。」そして、「子どもたちをお守りください。」とお願いを致します。
さて皆さん、【幸せ】って何でしょうか。
健康であること。
お金があること。
結婚すること。
子どもがいること。
おいしいものを食べられること。
などいろいろな声が聞こえてきます。
もしこれが幸せなら、病気の人は不幸ですね。
障害を持った人も不幸です。
お金がない人は不幸です。
独身は不幸です。
子どもがいなかったら不幸です。
おいしいものを食べられなかったら不幸ということです。
これらの幸せ観は皆条件です。
確かに健康でありたいです。
お金もほしいです。
おいしいものを食べたいですが、だからイコール幸せとは限りません。
健康を失ってからも幸せな人もいます。
お金があっても不幸な人もいます。
では一体幸せとは何でしょうか。
私は【今ここで、「幸せ」と感じることができる人が幸せ】と思っています。
例えば、交通事故に会ったとします。
これは不幸です。
不幸と感じる人は「何で俺がこんな目にあわんといかんねん。俺は悪ないで。そうや、出しなに妻がごちゃごちゃ言うからイライラしとんたんや。あいつのせいや。」など愚痴・不平・不満・人の悪口・責任転嫁・ねたみ・嫉みなど否定的なことを口にしていやな気分になっています。
これを不幸と言います。
反対に幸せな人は「確かにいやな経験やったけどこれくらいですんでよかったわ。もっと注意せんとあかんな。ええ事に気づかしてもうた。ああ ありがたいことやなあ。」と感謝します。
これが幸せです。
7年前に母が亡くなりました。
振り返ってみるととても苦労をしました。
突然3つの園を任されることになったのです。
いや、任されたのではなくやらないと仕方がない状態に追い込まれたのです。
そこで愚痴や不平不満を言えば不幸になります。
当時の私は無我夢中でした。
不平不満を言う暇さえありませんでした。
今振り返ると今の自分があるのはそのときの苦労・努力のおかげです。
つまり私が今あるのは母の死のおかげであると感謝しています。
確かに悲しい辛いことでしたが、母が命をかけて私に試練を与え私を一人前にしてくださったと感謝しています。
このように感謝できる私は本当に幸せです。
幸せの本(もと)は親孝行です。
「本を忘れず 末を乱さず」という言葉があります。
本を忘れずとは、世の中のことは終わったらそれでおしまいではないということです。
我が子が入園したときのこと。
入学試験に合格したときのこと。
就職が決まったときのことや結婚式のこと。
つまりこれを「初心忘るべからず」と言います。
初心とは印をつけること。
そのときの気持ちを忘れないことです。
お正月はまさしく一年の始まり、初心(本)です。
その初心の中でも特に大切なのが、自分が生まれた命の本(もと)です。
今私たちがこの世に存在するのは両親がいたからです。
確かに尊敬できない親もいます。
行方不明の親もいます。
しかし、どちらか一人が欠けても私たちはこの世に生まれてこなかったのです。
わが命の根元(もと)は言うまでもなく両親です。
つまり自分 = 親なのです。
「先祖の血すべて集めて子が生まれ」とも言います。
元旦のこの良き日に、今年は特に親孝行の1年にすると決め、お墓参りに行き先祖に手を合わせ感謝しましょう。
両親に感謝しましょう。
そして誓いましょう【親孝行】を。
この感謝こそ幸せの本ですから。
末を乱さずとは節目節目にとる行動のことです。
「立つ鳥は跡を濁さず」と言いますが、後片付けをしない、履物をそろえない、こうしたことは単に礼儀作法だけでなく、いろいろな不幸の根源と考えられています。
節目を大切にしそこに感謝の念を持って行動することが大切です。
末を乱す人はしまりのない人と言われます。
このような人は何をしても七八分までいきますが、最後のしまりが悪く結局はうまく物事が進みません。
小さいことに末を乱す人は、大切なことに終わりを全うしません。
末を大切に致しましょう。
本を忘れず末を乱さずとは「入り口と出口」です。
人生では「誕生と最期」でまさしくお正月は本、始まりです。
この感謝の気持ちを大切に1年精進してまいります。
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