タイトル
教育よもやま話第28号
本 文
【教育よもやま話第28号】〜松井直輝の教育に役立つメルマガ〜
28.いじめの種は幼児期にある 〜親子関係を考えましょう〜 (上)
月間少年育成という雑誌があります。
昭和31年創刊で、全国に1万部を発行しています。
これは主に学校の先生が読む雑誌です。
私の【いじめ】に関する記事が平成19年の9月号から上・中・下と3ヶ月連続で掲載されました。
いつもよりボリュームがありますが、皆さんにもご紹介させていただきます。
1.親も子も切れる時代
子どもを取り巻く多くの事件が後を絶ちません。
その中でもいじめに関しては年々陰湿になり、メールによるいじめもエスカレートしています。
自殺をする少年少女が後を絶ちません。
本当に痛ましい世の中です。
いじめが発生してから対応して問題を解決するのは教師にとっても、子どもにとっても、親にとっても大変な時代です。
実は昔からいじめはありました。
そのときに被害者や加害者とよく言いますが、学校は裁判所ではありません。
被害者と加害者を決めるのではなく、再発しないように教育する場です。
言い換えれば社会人になってうまく問題を解決できるように事前にトラブルを経験し、学ぶ場が学校です。
しかし世の中が変わりました。
幼稚園でも昔は怪我をしたら親が菓子折りを持って「ご迷惑をかけました」と謝りに来たものです。
今は幼稚園が菓子折りを持って「ご心配をおかけしました」と謝りに行く時代です。
子どもが怪我をしました。
友達に引っかかれたのです。
原因はおもちゃの取り合いです。
引っかかれた子はおもちゃを貸してあげなかったので、相手の子が手を出してしまったのです。
どちらが悪いかではありません。
でも現実として怪我をした子の親は「謝ってもらわないと気が済まない」と相手に謝罪を求めます。
親に謝ってもらっても子どもは成長しないのですが・・・。
今は、親の考え方、子どもの環境が大きく変わりました。
昔はトラブルが発生してから問題を解決し、お互いが学習し、成長してきました。
しかし今はその方法ではダメです。
なぜなら人間としての基礎が備わっていないからです。
この基礎を人間力または生きる力といいますが、幼児期にこの人間としての基礎作りができない環境です。
建物でも基礎ができていない上に家を建てると倒壊してしまいます。
人間でいうと切れていまい悲惨な事件になってしまうのです。
このように事が起こってから対応する「事後の指導」では対応できません。
病気で言いますと発病してからでは遅いというのと同じです。
病気にならないように予防医学の重要性が叫ばれています。
教育でも同じで、いじめが発生しない、いや発生しても事後の指導で解決できる人間力を幼児期に身につけておかないといけません。
これを「事前の指導」と言います。
この人間力はいうまでもなく幼児期の親子関係から生まれます。
2. 幼児期に一番大切なこと 「It’s OK to be here !」愛される実感(居場所)
鉄は熱いうちに打て。
三つ子の魂百までと言います。
この3歳までに何をしないといけないのでしょうか。
それが子育てに最も大切なことで、キーワードは、「It’s OK to be here !」です。
ここにいていいよ。
私のそばにいていいよ。
つまり、子どもの「居場所」が家庭に、そして親子の間にあるかどうかです。
3歳までに子どもが「愛される実感」を持てるかどうかということです。
愛される実感は子どもが感じるものです。
いくら親が愛を与えていると言っても子どもがそれを実感していないなら子どもにとって愛はなく、居場所もありません。
コミュニケーションの決定権は相手にあります。
このことをしっかり意識しないといけません。
私には3人の子どもがいます。
この3人の子どもの一番の興味は誰が親のひざの上に座るかです。
誰がお母さんの愛を実感できるひざの上を確保するかです。
たいていは一番下の子が居場所を確保します。
すると上の二人はひがみます。
居場所を奪われたからです。
子どもがお母さんに「これ見て見て」と自分が描いた絵を見せに来ました。
しかしお母さんの反応は怖い顔をして「後にして」です。
ご飯の支度が忙しかったり、機嫌が悪かったりしたのかもしれません。
親にも都合があり、愛していないのではないのですが、子どもにとってはその状況を理解する理性のパワーがまだ育っていないので、ただただ拒絶されたと思うに違いありません。
その結果、居場所がなくなり子どもは愛される実感を喪失します。
ましてやしつけと言ってたたいたり、けったりする関わり(虐待)を受けていると愛されているとは到底感じられません。
この愛される実感は子どもだけの問題ではありません。
実は大人もこの愛される実感が必要なのです。
お父さま方、家庭に居場所はありますか。
居場所がないと家庭に寄り付きません。
会社に居場所はありますか。
窓際族という言葉があります。
家族から会社から愛される実感を持てないと居場所がなくなり、大人でも心が不安定になります。
この愛される実感を与える関わりを「ストローク」と言います。
ストロークは心の栄養です。
刺激です。
人と人との関わりです。
ストロークは食事と同じように、生きていくうえでなくてはならない生存に不可欠なものです。
人間には体の栄養と心の栄養が生存に必要なのです。
赤ちゃんにミルクを与えます。
ベッドに寝た赤ちゃんに目も合わさず、抱っこもせず、言葉もかけず、ただただ哺乳瓶でミルクを与えます。
赤ちゃんにとって必要な体の栄養は満たしています。
しかしその光景を想像してみてください。
これで本当にすくすくと育つのでしょうか。
答えはNOです。
心の栄養が満たされていないので発育不全や知的発達の遅れという症状がでてきます。
成長には心の栄養(ストローク)が不可欠なのです。
ストロークには肯定的なものと否定的なものがあります。
食事にたとえますと、肯定的なものはおいしい食事、体に良い食事です。
否定的なものはおいしくない食事、体に悪い食事です。
コミュニケーションの決定権は相手にあると言いました。
食事のおいしい、まずいは食べた人が決定します。
料理をした人ではありません。
まさしく味の決定権は相手にあるのです。
ストロークも同じです。
肯定的なストロークは受け手が心地良いもので、心にとって良い刺激です。
否定的なものは受け手が身体的にも精神的にも痛みを感じるもので、心にとって悪い刺激です。
どんなストロークを子どもに与えていますか。
どんな関わりをしていますか。
にらんだり、きつく叱り恐怖を与えたりするのも否定的なストロークです。
笑顔は肯定的なストロークです。
抱きしめることもそうです。
母親のひざの上に座ることはまさしく肯定的なストロークで、愛される実感を持ち、居場所を確保できるのです。
子どもが親にとっての問題行動を取るのは、「心のSOS」の可能性があります。
子どもは叫んでいるのです。
「そばにいてもいいと言って」っと。
「もっと愛して」っと。
居場所を確保してあげましょう。
3.幼児決断
皆さんはご自身の幼児期に、親から叱られた回数とほめられた回数はどちらが多かったでしょうか。
また、今現在あなたの子どもに叱る回数とほめる回数はどちらが多いでしょうか。
叱られるのは否定的なストロークです。
ほめられるのは肯定的なストロークです。
私たちの心の中にはストロークの壷があります。
これは胃袋と同じでストロークをためるところです。
胃袋を満足させないと生きていけません。
同じようにストロークの壷も満タンにしないと生きていけません。
肯定的なストロークがいっぱいだと、元気が出る、行動できる、チャレンジできるのです。反対にストロークがないと元気がでずイライラしたり、不安になったりします。
もし肯定的なストロークが手に入らなかったら、たとえ否定的なストロークでもOKです。とりあえずストロークの壷を満タンにしないと生きていけないからです。
体に悪い食事を取り続けると体が病気になります。
心に悪い否定的なストロークを取り続けると心が病気になります。
子どもは幼児期に親との関わりの中から肯定的なストロークと否定的なストロークの量の割合を決めます。
ほめられたり、叱られたりするのが同じくらいなら5:5です。
ほめられるのが8ならば、叱られる否定的なストロークが2でその割合は8:2です。
叱られるのが多く8割だと、肯定的なストロークと否定的なストロークの割合は2:8です。
このストロークをとる質と量の割合を決めることを幼児決断と言い、三つ子の魂百までとはこの決断のことを言います。
人はこの決断通り生きていくと言うのです。
40歳になっても、50歳になってもこの決断通りに生きていきます。
否定的なストロークを多くとろうと決断した
人は叱られるような結果を生み出します。
もしくは成功しているにもかかわらず、
「私はダメです。ここには居場所はありません。」
と言って肯定的なストロークをすべて否定的な
ストロークに変えてしまいます。
逆に肯定的なストロークが多い決断をした
人は、人にほめられるような結果を残して
いきます。
4.問題解決はストローク
幼児期に一番大切なことは、子どもが愛される実感を持ち居場所があり、肯定的なストロークを多く求める幼児決断を子ども自信がすることです。
そのような親子の関わりや環境を与えてあげましょう。
しっかり子どもを認める言葉を多くかけ、肯定的なストロークを与えてあげましょう。
そのことにより、将来も肯定的なストロークを求めるようになり、相手から否定的なストロークをもらう行動は著しく減少します。
つまり、いじめたり、いじめられたりする否定的な関わりが減少し、いじめたり、いじめられるような子どもには成長しないということです。
逆に、否定的なストロークを多く求める幼児決断をしますと、将来も失敗をしたり、人に迷惑をかけたりする行動をとります。
いじめたり、いじめられるのはどちらも否定的なストロークを求めている行動です。
人はストロークなしでは生きていけません。
暖かい肯定的なストロークがなければ、たとえちくちくするような否定的なストロークでも無いよりはまだましだからです。
これさえあればとりあえず生きていけるからです。
マザーテレサは言いました。「愛の反対は、無視・無関心だ。」と。
親に無視されるくらいなら否定的なストロークでもいいのです。
関わってほしいのです。
無視されたくないのです。
最後になりましたが、この幼児決断は子ども自身が下した決断です。
ですから再決断することができます。
自分で決めたことは決めなおせるのです。
もし否定的な行動をとっている子どもがいるのなら肯定的なストロークを与えて与えて与え続けましょう。
問題解決はストロークです。
肯定的なストローク環境にいると本人自ら再決断を行うことができます。
笑顔の絶えない毎日を願っています。